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【新・関西笑談】混迷時代の改革リーダー(2)(産経新聞)

 □浄土真宗本願寺派総長 橘正信さん

 ■現代で一番欠けているのは親孝行 大切なのは敬い、「思う」こと。

 −−50年前の「親鸞聖人700回大遠忌」の印象は残っていますか

 橘 父親と一緒に私の寺のご門徒さんと本願寺を参拝いたしました。たくさんの方々がありがたく参ってくださっていて、ご本山はすごいなあと思ったことは確かですね。当時は浄土真宗の「み教え」が行き渡り、ありがたい雰囲気の中でつとめられました。

 −−当時と今では何が変わりましたか

 橘 当時は3世代の家族が同居し、家にはお仏壇が安置され、宗教が自然に家庭生活に溶け込んでいました。ですが、今は家庭のあり方が変化し、お仏壇のない家も多くなりました。親子関係は断絶し、崩壊している例が多くみられます。大遠忌では「家庭崩壊の時代」をいかにしていくかが最大の課題。次世代に、お念仏を受け継いでいただくことへの対策をしていかなければなりません。

 −−総長のご両親はどのような方だったのでしょう

 橘 私の両親はともに圓勝寺(自坊・岐阜県本巣市)の一家ともともと親戚(しんせき)同士で、養子、養女として入寺しました。圓勝寺に後継者がいなかったので、親戚の中から探したのでしょう。新婚時から、両親は京都にかつてあった顕真学苑(親鸞聖人の研究所)にいて、父は研究しながら、集まった全国の門徒の方に法話をしていました。両親は宗教的な環境で生活しており、私は仏教を大事にするという中で育ちました。

 −−厳しく育てられたのですか

 橘 終戦後、岐阜の自坊に戻りましたが、田舎ですから周囲の人々から、「寺の若さん」と呼ばれて育てられました。学生時代、学友を連れてきたら、その呼び名に驚いていました。ですから、子供のころから寺の子ということを自覚していました。いたずらもしてはいけないとかね。仲間うちでは自然とまとめ役になる性格に育ったようです。親からは怒られたこともありません。親の言うことを聞かない、ということもあまりなかった。勉強も頑張りました。恥をかいたらあかんと母親がいつも言っていましたからね。

 −−まじめな少年だったのですね

 橘 今では誰も信用しませんが、スポーツは何でもやりました。楽しみは相撲。放課後のラジオ放送を熱心に聴いてました。相撲を取ると負けん気は強かったし、短距離走も速かった。そうそう、あのころは阪東妻三郎の「鞍馬天狗」がはやっていてね。寺の境内で親分と子分をつくって、チャンバラを毎日のようにやりました。遊びになるとわんぱくでしたね。今でもよく覚えています。

 −−家族のあり方として現代で失われたものは

 橘 一番欠けているのは親孝行。私は親を敬い、「思う」ことが親孝行だと常々言っています。親を思ったら電話をしたり、ひと声かけるという行動に出ますよ。私の時代は、みな小さいころに朝夕、お仏壇の前で親の後ろに座り、親の背中を見て合掌して育ちました。後ろから拝んできた人ですから、親に手をかけたり、またぐことなど絶対にできません。今も尊敬の念を抱いています。

 −−現代の親子像は、総長の目にどう映っているのですか

 橘 仏壇がないので拝みません。だから敬う心が育ちません。今は何で親子のつながりを持つかといえば、お金でしょうね。親はお金をくれる存在ですね。親がお金が無くなると、子供は関係を断ち、侮(あなど)る。そういう構造になっているのでしょうね。(聞き手 嶋田知加子)

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